500 PUMA RIO

Size UK 8 Made in West Germany

記念すべき(?)500番目のスパイクはプーマのリオです。

500番目といっても、同じモデルもいくつかありますので、500種類ではないですが、まあよく集めたもんです…。

記念に並べて撮影を…、

うそです。並べる気はしないので、サルネイムをまとめて貼りつけてみました。

全部ではないですが、意外と大したことないような…。

さて、今回のモデルですが、
書きたいことはたくさんありますが、まず、

リオというモデルについて
デビューはステップスターやリーガスターが発売された時と同じ1984年初めです。

西ドイツ製高額モデルの2種は、


どちらも広告上で大々的にフィーチャーされました。
ちなみにWMメノッティも西ドイツ製で、この時期に旧型から新型へモデルチェンジしています。


ステップスター

リーガスター

同じ西ドイツ製のリオは、上の2種類に比較して、シンプルだけど渋くて、まさにこのころ、サッカースパイクの魅力にのめり込み始めた自分にとって一番気になる存在でしたが、リオが目立つ広告はなかったと思います。

リオの特徴
プーマの西ドイツ製固定式のカンガルー革モデルは、リオの前にプロフェッショナルとTOROというモデルがありました。しかし、どちらも極めて短い販売期間だったようです。
84年当時、ベルトマイスターはカーフ革でしたので、私はリオがプーマ初の西ドイツ製カンガルー革固定式モデルだと思っていました。


プロフェッショナル。オリジナルのソールは10本スタッドでしたが(外国版は12本)、パラメヒコの12本スタッドに変更しています)

ベルトマイスター(80年代後期)。こちらもパラメヒコのソールをつけています)

(TORO(80年代前半)のカタログ画像。TOROは外国でのモデル名で、国内ではモデル番号(396)しか表示されていませんでした。TOREROの固定式とも言えますが、こんなタイプもありました。後述しますが、リオのモデル番号も396です)

また、プロフェッショナルもTOROもアッパーのデザインはKINGやベルトマイスターと同じでしたが、リオはペレキング、ダルグリッシュモデルやトレシューのボカのようなつま先のデザインです。
しかし、側面とかかとはベルトマイスターと同様のデザインで、いわば、ペレキングとベルトマイスターのいいとこ取り(?)と私は思っています。


ペレキング

ダルグリッシュゴールド

ボカ

当時販売されていた日本製モデルでは、リオのつま先と同じようなデザインのモデルがいくつかありましたが、リオよりむしろ手が込んだ造りでした。

(日本製マラドーナキング。ステッチの細かさや、革の取り回しなどが独特です)

結局、リオと同じアッパーの取替え式は生産されず、プーマのスパイクで唯一無二のアッパーデザインとなりました。

リオにまつわる不思議なこと
西ドイツ製なのに日本以外の国で履いていた外国選手がほとんどいなかったと思います。
キリンカップ等で来日した選手が本番で使っていたことがあった記憶ぐらいしかありません(後述)。
また、10年近く古いスパイクを探していますが、外国版カタログの掲載や、海外で販売されていた形跡もなく、所有者の情報も皆無でした。

ディエゴ様専用モデルレプリカのマラドーナプロI、IIも海外で発売された形跡はないようで、このモデルもリオも西ドイツ製のはずですが、販売は限られた国のみだったのかもしれません。

マラドーナプロII

マラドーナプロI

リオ使用選手
リオ発売当時の日本代表は84年のロス五輪出場を目指しており、プーマが用品サプライヤーの年でした。
サッカー用品専門店のリオの広告には「全日本使用モデル」と書かれたものもあり、
ロス五輪予選前の強化試合だった84年のゼロックススーパーサッカーは、リオのお披露目のような試合でした。
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3試合のうち、最終戦は前日の雪の影響で、取替え式モデルの選手が多いです。

この年の目玉はコリンチャンスのスター、当時の現役ブラジル代表主将のソクラテス選手。トッパーのスパイクが印象的でした。
晴れた初戦は、


GK田口選手はTOREROですが、岡田選手他、多くの日本代表選手の固定式モデルはリオだったと思います。
ただ、リオの特徴であるつま先まで判別できる画像は少なく、


この試合の数少ないアップ画像ですが、6番のジュニーニョ選手と原選手のスパイクは同じモデルに見えます。
ただ、原選手の方は光沢があるカンガルー革のリオで、ジュニーニョ選手はカーフ革のベルトマイスターに見えなくもない…。原選手のスパイクの方が新しかっただけかもしれません。

普段、所属チームの日産ではアディダスユーザーだった金田選手もたぶんリオを履いていたと思います。
コリンチャンスのプーマの選手はやはりジュニーニョ選手で、金髪の選手の登録名は「ビロビロ」。もちろん愛称ですが、冗談かと思いました。
それにしても日産はこれからどうなってしまうのでしょう…。

やはりプレー中の画像ではスパイクのつま先までははっきり見えません。

この試合の画像をよくよく見てみると、

後半41分の日本代表の逆転ゴール後です。白いスパイクの選手もいますね。それは置いておいて、

金田選手のソールは白1色ですが、碓井選手(22番)、風間選手(かな?)のソールは、黒い模様があるように見えます。

こちらのモデルの愛用者もおられたようですね。

やはり西ドイツモデルが足に合わず、日本製モデルを選択されたのでしょう。

当時の代表合宿の集合写真の最前列ですら、スパイクの細かい判別は難しいのですが、森監督らスタッフは(上記の)TOROだったようで、新旧モデル番号396のスパイクが支給されていたようです。
木村和司選手など数名の方はT字シュータンのモデルでした。
プーマおたくのテンションが上がる時代です。

しかし、おたくの意地で必死に探しても、80年代の雑誌の画像で、これは絶対リオだとわかるものは極めて少ないのが現状です。

コリンチャンス戦のことが載っていたのはサッカーマガジン84年3月号ですが、同じ号に掲載されたこの方の画像、

これはリオで間違いないですね。
本来なら上の代表メンバーにいてほしかったのですが、ロス五輪予選前にプロになるために渡独した尾崎選手が、一時帰国した時のサッカースクールで履いていたのが真新しいリオでした。
所属先のビューレフェルトではアディダスのスパイクでしたが、元三菱所属だったためか、この時は一式プーマ製品でした。
当たり前ですが、このころの五輪(及びその予選)にプロ選手は出場できなかったのです。

やはり同じ時期のサッカーマガジン表紙画像、

1年生ながら大活躍した高校選手権直後のユース代表合宿の武田選手は、ユニフォームはアディダスでしたがスパイクはプーマでした。こちらもリオだと判別できます。

80年代の雑誌では埒が明かず、最近のスパイク探しでなくてはならないのが写真家・富越さんのSNS投稿画像です。
確か、この当時のキリンカップで、後にエスパルスにも所属したミランジーニャ選手がリオらしきスパイクでプレーしていた記憶があったのですが、画像が見つかりませんでした。
しかし、困った時の富越さん頼みで見つけたこちらの画像

ミランジーニャ選手(前列右から3人目)他数名はリオを履いていたようです。
このころの来日した有名チーム(特に南米)には日本のメーカーからの支給もあったようで、お隣の選手のアシックスのモデルは時期的にこちらでしょうか?

後にレイソルでもプレーされたゼ・セルジオ選手はメキシコグランデのようです。

さらにもう一枚

メキシコW杯予選の北朝鮮代表の右端の選手お二人はプーマのスパイクで、前列の選手はリオのようです。
雨天のドロドロの国立での死闘でしたが、固定式スパイクだったのですね。

後列の選手はステップスターっぽいかな…。
他の選手はアディダスですね。ユニフォームはアドミラル。アジアのチームでは珍しかった気がします。

このリオのレアなところ
使っていた選手もほぼ国内に限られていたことから、このモデル自体が珍しいとは思います。
(80年代の西ドイツ製プーマに限りますが)かなりコアなスパイクおたくの私でも、カタログ以外で本物の画像を見たのはこちらの1枚だけです。


この画像についてはこちらに記しておりますが、たぶんデビューしたころのリオだと思います。
80年代の西ドイツ製プーマは、86年W杯ぐらいまではシュータンの西ドイツ製表記が「MADE IN WEST GERMANY」ですべて大文字です。
さらに、KINGやベルトマイスタータイプのアッパーの場合、プーマラインを横切る側面のステッチがありませんでした(ペレキングなどはステッチがあります)。
あとは、かかとの高さが80年代後半のモデルに比べ、微妙に低かったり、かかと部分の革の真ん中にステッチがあるなどの細かな違いがあります。

(80年代西ドイツ製モデルのかかとの違い。右が一番古く、かかと中央にステッチがあります。80年代後半(左)はかなりかかとが高くなっています)

リオの場合、カタログ・広告画像は初めの方に載せた84年のデビュー時の画像か、

こちらの、メキシコW杯後の87年ぐらいの広告に掲載された2種類しかないと思います。
一応、このころも販売はされていたようですが、すでにプーマのカンガルー革アッパーの固定式といえば、国産のパラメヒコがメジャーになってしまい、リオはその後廃盤となりました。
この画像も基本的にはデビュー時と変わらないタイプで、シュータンも大文字表記で、横のステッチもないようです。

今回入手したリオはデビュー当初の仕様と異なり、プーマラインを横切るステッチがあります。

(アモール様で修理中のリオ(後述)。かかと中央のステッチはありません)


また、今まではTOREROでしか見たことがなかった着脱可能な中敷きです。サイズのわりにヒモ穴が少なく6個しかなかったので、カタログ画像のようなヒモの通し方にしてみました。

TOREROの中敷きの例

プーマのスパイクでヒモ穴が6個というのは珍しいと思います。サイズがかなり小さくても7個以上あるものが多いのですが、

まったく例がないわけではなく、ディエゴ様が86年W杯南米予選で履いていた白いTOREROのヒモ穴は6個でした。

そして個人的に最大の発見はシュータンです。
ご覧の通り、大文字表記のタイプですが、

動物マークの位置にご注目。

以前このタイプのシュータンのパターンについてこちらでご紹介したことがありますが、
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右下のパターンは極めて珍しく、センターに革が縫い付けられているバージョンを実際に見たのはこのリオが初めてです。
今回の投稿では、白シュータンの西ドイツ製モデルの画像をいくつか掲載させていただていますが、同じパターンはないかと思います。

なんといっても、このレアなシュータンは、


ディエゴ様が86年W杯で履いていたモデルと同じパターンです。
しかし、この当時にこのシュータンの詳細がわかる鮮明な写真を撮影された富越さんは本当にすごい写真家だといつも思います。

特にディエゴ様の特注というわけではないと思いますが、横ステッチがあり、ハイフン無しの大文字「MADE IN WEST GERMANY」表示の白シュータンの動物マークが少し低めのモデルは、80年代半ばの短い時期にしか作られなかったようで、その後すぐに小文字入り表記になったと思われます。
こちらがその例の一つです。

モデルナンバー459でプーマライン上のステッチは黒色です。前出のマラドーナプロも同じ感じです)
その後、ステッチが黒から透明色に変化します。その一例がこちら、

モデルナンバー359。前出のベルトマイスターも同じ造りですが、私が所有する白シュータンモデルでオリジナルの西ドイツ製固定式ソールが残っている唯一のスパイクです)

そんなわけで、西ドイツ製なのに日本国内でしか流通せず、80年代半ばの短い期間に製造されたモデルしかない特徴を持つ、プーマおたくにとってもかなりレアなモデルだと思っています。

このリオの入手と修理
このリオも、ベルトマイスターやレベッカでお世話になったお知り合いの方から入手できました。今回も本当に有難うございます。

入手時はやはりベルトマイスター、レベッカ同様、固定式の宿命か、

ソールはなく、内張りも剥がれていました。そのためすぐにソールスワップ用の右のモデル(レセルバIII)を入手し、いつもお世話になっているアモール様へ修復をお願いしました。そして現在の姿になっています。
それにしても、ベルトマイスター、レベッカ、そしてこのリオも、よくぞ捨てずに残してくれたことに敬意を表するばかりです。

もちろんソールを外してしまったスパイクも

普段履きに修復してもらいました。
アモール様、今回も有難うございました。

ちなみに、80年代のプーマの西ドイツ製スパイクは、TOREROがデビューする82年より前に製造されたモデルの内張りの素材は今でも劣化しない優れものです。
こちらがその一例です。

(おそらく80年代初め製造のWM。内張りも劣化は見られません)

しかし、82年から80年代半ば製造のモデルは内張りの素材が変わったためか、40年後の現在で劣化していないものは見たことがありません。
そして、西ドイツ製表記が「Made in West Germany」の小文字入りになった80年代後期のモデルについては、また劣化しない素材になりました。ただ、稀に布地のタイプ(マラドーナプロなど)の場合は劣化していることもあります。
というわけで、

5人抜き(神の手も)の時のディエゴ様のスパイクも内張りが劣化しています。さすがにこれは修復しない方がいいでしょう

リオとは
大学生の終わりに記念として履いた、当時廃盤寸前だった西ドイツ製のリオ(ご参考)をもう一度手にしたいという思いは、収集を始めたきっかけの一つですが、結局リオは入手までに10年以上かかってしまいました。

もし最初にリオが見つかっていたら、他のモデルは集めていなかったかもしれません(それはないか…)。
リオ探しのおかげで、今はリオよりもずっとメジャーだったモデルも、500足を超えるスパイクの中には何種類もあります。
また、今回のような、くどすぎるウンチクを語れるようになりました。

まさかこんなに長い時間がかかるとは思いませんでしたが、リオ探しのおかげで世界が広がりました。
これまでの収集や修復でお世話になった皆様、そしてビンテージスパイクに関する当方の発信をご覧いただいているすべての皆様に感謝いたします。

今後とも何とぞよろしくお願いいたします。

(2025年2月13日)

サッカーを始めた、好きになった時期によってスパイクの好みも人それぞれだと思いますが、私の場合は、プーマの西ドイツ製の白シュータンが当時の憧れでした。
今もそれを追い求めているわけですが、幸いなのは、いくらスパイク自体がボロくても、シュータンの白い部分が劣化しないことです。

それに対して、見た目はそっくりなパラメヒコなどの日本製モデルの白シュータンは、

残念ながら劣化することがあります。

西ドイツ製モデルも同じ素材で、「MADE IN WEST GERMANY」が見えなくなっていたら、きっと悲しかったと思います。
収集自体しなかったかもしれません。

ただ、パラメヒコもたくさんあるので先が思いやられます。