
Made in West Germany
ワールドカップ期間ですが、
まず、現在のワールドカップで活躍している、そしてこれまでのワールドカップで活躍されたレジェンドのグッズ展示会についてお知らせいたします。
X、インスタ、HP
ぜひお近くの会場で堪能してください。
ワールドカップ期間ということで、今回は80年代半ばのプーマ「WORLD CUP」のご紹介です。
アディダスの「WORLD CUP」は長年代々モデルチェンジをしながら生産されましたが、プーマもマイナーですが、いくつか「WORLD CUP」の名がつくモデルがありました。
どちらのメーカーの「WORLD CUP」も90年代にはなくなってしまい、シンプルなモデル名に慣れきった私には、今のスパイクの名前は難しすぎます。
(あ、アディダスWORLD CUPはまだ作られてますね、申し訳ありません)
さて、日本では「ベルトマイスター」という名前だったモデル番号380のスパイクはヨーロッパでは「WORLD CUP」、南米では「BORUSSIA」というモデル名でした。

この時代にありがちですが、内張りは劣化しています。モデル番号はまだ残っているので、こちらのKING同様、補修する決断がしにくい状態です。
このスパイクはポーランドの元セミプロサッカー選手が持っていたものです。ご本人はお若い方で、国内のビンテージサッカーショップで見つけたとのことでした。
そんなお店があるなら行ってみたいです。
古いスパイクを集めだした時からベルトマイスターはなかなか見つからないモデルの一つでした。
見つかってもソールの劣化がひどく、剝がされていることも多いと思います。

こちらはシュータンの「Made in West Germany」が小文字入りですので、80年代後半製造ですが、入手時にソールはなく、パラメヒコのソールをつけて修復しています。
日本に輸入された西ドイツ製のベルトマイスターの大部分は、側面の表示がPUMAだけで、モデル名はないタイプが多いと思います。
白シュータンになった初期のころのカタログは、

側面に「WELTMEISTER」と記されていますが、そのようなタイプの実物はまだ見たことがありません。
これまで入手できた「ベルトマイスター」、「WORLD CUP」は「Made in West Germany」の小文字入り表示のもので、80年代後半製でしたが、今回は(待望の)「MADE IN WEST GERMANY」のすべて大文字表示です。
また、モデル番号380(及び取替え式の480)のアッパーはボックスカーフ製ですが、こちらの「WORLD CUP」は、

モデル番号は380ですが、アッパーはボックスカーフというよりカンガルー革に近い気がします。内張りの劣化はまったくありませんでしたが、入手時すでにソールはボロボロだったので、今はソールを交換しています。
今回のモデルは380ならではのボックスカーフのようです。
さらにマニアックですが、シュータンの動物マークの表示が少し下にある珍しいタイプでした。

こちらでもご説明しましたが、

86年W杯のディエゴ様のスパイク(こちらは取替え式)と同じです。意外とこのタイプは少なく、

84年ぐらいまでは左のタイプ(大文字でプーママークが少し上)で、86年以降は右のタイプ(小文字入りで®入り)になります。
たまに、Menotti STAR、SPA KINGやTOREROに、

ハイフンがWESTとGERMANYの間に入るのもあります(動物マークも低め)。
さらに高温多湿の国では残っている確率が低いオリジナルのソールも付いています。

こちらはシュータンと違って、年代を問わず小文字入りの「Made in W. Germany」の刻印入りです。シュータン文字が大文字の年代の製品で、ソールが残っているのは珍しいと思います。
今のところ、所有している中で80年代後半製のこちらのモデルも何とかソール付きです。
ディエゴ様が86年W杯で固定式を履いたのはイタリア戦だけでした。
それもアッパーが独特なタイプで、

かかとにもヒモがついている特別仕様のようです。
このスパイクは以前博物館でも展示されました(2005年)。
(この時も奥に5人抜きの時のスパイクが展示されていたようです)

こちらの博物館では5人抜きの時の取替え式モデルとともに展示されました(2003年)。

あらためて見ると、それぞれアッパーの革は異なっていたようです。この時から20年以上経っていますが、固定式のソールは大丈夫かな…。
2026年W杯の最中に、40年前の大会の古い話で申し訳ないのですが、私にとって驚きの発見がありました。
固定式を履いてプレーしたイタリア戦なのですが、コイントス時、

そして、華麗な同点ゴールを決め、ドローで終了した試合後も、

同じスパイクのようなので、試合を通して同じ固定式を履いていたと思っていました。
(書き終わった後にあらためて見たら、ヒモの結び方が違いますね)
ところが、

え、イタリア戦で取替え式を履いているぞ…。
残念ながらソールについてはっきりわかる画像は見つからなかったのですが、動画をチェックしてみると、後半が始まった後にファールを受けた時です。

わかりにくいですが、初戦の韓国戦と同じDUOフレキシブルソールのようです。後半から取替え式にされたようです。
しかし、その10分後ぐらいに、


ディエゴ様はピッチ外で座っています。その後、ジュスティ選手がファールをとられて、

フリーキックをする前にまた固定式に履き替えてプレーを再開されました。
こんなことがあったことを40年後に気づくなんて…。
今回のW杯も、スパイクについてはレフリーがたまに履いているコパムンディアルを見つけてホッとするぐらいですが、

メッシ選手はどんな領域まで行ってしまうのか?天国のディエゴ様も初戦のご活躍にお喜びでしょう。
今だったらメッシ選手がスパイクを途中で履き替えていたら、リアルタイムで報道されるんでしょうね。
前回大会もそうでしたが、メッシ選手をサポートする選手たちのプレーもすごいですね。
86年大会のアルゼンチンにも名選手がたくさんおられましたが、最近ようやく見ることができたこちらの番組、

70年大会のペレ選手のスパイクについてこちらに記したこともあり、とても興味深かったのですが、86年大会についてもディエゴ様のスパイクに関するお話がありました。
「マラドーナはプーマにスパイクを多めに催促し、もらったものを周りの人にプレゼントしていた」
との話があり、もらった人はラッキーだなあなんて思っていたら、もらったお一人がチームメートの(94年には日本でもプレーした)エンリケ選手でした。驚いたことにあのフランチェスコリ選手も出演しており、お二人とも、当時はスパイクはとても貴重品で、メーカーからの供給数も限られていたとのことでした。
特にエンリケ選手は86年大会前の国内リーグで優勝した際、ファンに身ぐるみはがされ大事なスパイクもなくなってしまったそうです。
そして、86年大会の初戦(韓国戦)の数時間前に、ディエゴ様に事情を話し、プーマのスパイクをもらってプレーしたそうです。
本人ご出演で話されているので、嘘ではないと思いますが、やはり当時の西ドイツ製スパイクは一流プロ選手にとっても貴重品だったということがわかりました。
そんな時代に大会を通じて複数のスパイクを使い、しかも試合中に別のスパイクに変更できたディエゴ様はよほど優遇されていたんですね(ご参照)。
それにしても、かなり入念に86年W杯のディエゴ様のスパイクを観察していたのですが、まだ見落としがあったのは正直信じられませんでした。
ドキュメンタリーでは相変わらず、ディエゴ様が決勝で履いたスパイクとして、

メキシコフィナーレが登場していましたが(フィッシャーさんも出演されていました)、もしかしたらどこかで履いていたかも…。
不安になってきたので、時間があったらフル動画をチェックしたいと思います。
(2026年6月18日)
後半から取替え式スパイクに履き替えたことについて、ソールがはっきりわかる画像(映像)です。

その後また固定式に替えた時ですが、

この後ディエゴ様は、イタリアのコンティ選手がFKを蹴ろうとしている場所まで移動し、

わざわざカメラに映るように(?)、またヒモを結びなおしました。
コンティ選手のユニークなスパイクについてはこちらをどうぞ。