
英雄たちが愛した歴史的スパイクVOL.88 「70年W杯のペレ選手のスパイク編」
鑑定団にビンテージサッカースパイクが登場したことを記念して、久々に「もしKING GEARを継続していたら」ということでコラム風に書いてみたくなりました。
もうご存じない方もおられると思いますが、以前こちらのWEBサイトで連載をさせていただきました。
残念ながらそのサイトではアーカイブが見れないので、もしご興味のある方はこちらをご覧ください。
人気長寿番組「なんでも鑑定団」でサッカースパイクが鑑定依頼品として登場するのは珍しいようで、2010年以降では澤選手(2011年W杯決勝)と井原選手(1998年W杯)の実使用品のみでした。
いずれも興味深いスパイクではありますが、私からすると新しすぎるお品で何も語ることはできません。
そして、前回のブログにも書きましたが、とうとう究極のビンテージサッカースパイクが登場しました。

70年W杯のペレさんといえば、誰しもがプーマのスパイクをイメージするようです。
表紙画像のように、鑑定士の方がおっしゃる通り、依頼品はプーマラインが黄色いので実際にW杯で履いたものではないというのは正しいと思います。
ただ、私は今でもあの大会でペレさんが本当にプーマのスパイクを履いていたのか疑問に思っています。
世界中に「ペレ選手のスパイク=プーマ」を印象付けたこのシーン

1次リーグ3試合で黒いスパイクを履いていたペレさんが準々決勝のペルー戦開始前に、この大会で初めて使うプーマラインの入ったスパイクの靴ヒモを結びなおすシーン。
この大会から始まったTVカラー放映により全世界に印象付けられたと言われています。
私はてっきり決勝でのことかと思っていたのですが、決勝のキックオフは相手チームのイタリアでした。
以前、ペレさんが亡くなられた時期に、KING GEARのコラムでペレさんのスパイクについて調べたことがありましたが、今回は70年W杯だけに絞って深堀りしたくなりました。
まず、この大会の初戦のチェコ戦、


黒いアッパーの固定式ですが、ヒール部分はアディダスのモデルっぽいです。
2戦目のイングランド戦


初戦と同じようなタイプの黒の固定式で、側面のマークもアディダスっぽいです。
第3戦のルーマニア戦


やはり初戦、2戦目と同じようなモデルです。
そして、上記のようにペルー戦でプーマラインの入ったモデルを初めて使いました。




4枚目の画像は鑑定団でも登場したものですが、確かに白いプーマラインは誰が見ても明白です。
ただ、このころのスパイクマニアからすると、このスパイクはどう見てもプーマの純正モデルに比べてアンバランスな感じが否めません。
70年W杯で使用されたスパイクはアディダスが圧倒的に多いのですが、ブラジルにも初戦からプーマの(純正)スパイクでプレーされた選手は何人かおられました。


ペレさんの黒いモデルはアディダスかプーマかといったら、やはりアディダスに似ている気がします。
この大会で数少ないプーマのスパイクが割とはっきり写っているのはこちらの画像で、

延長の死闘だった西ドイツ戦後のイングランド代表選手たちです。
プーマ純正のスパイクはこういう感じです。Gola使用選手もおられますね。
続いて準決勝のウルグアイ戦もおそらくペルー戦のものと同じような感じで、



確かにかかとに白いマークもあるのですが、どう見ても違和感は否めません…。
このころのプーマのスパイクで、ラインの下にモデル名の表示があることはないですし、スタッドもプーマはたぶん12本が主流だっと思います。
この大会で固定式を履いた選手は多くなく、しかもプーマの固定式だと唯一見つかったのが同じブラジル代表のPaulo Cesar Lima選手



この大会ではレアなプーマスパイクの選手同士のマッチアップです。
とにかく情報が少なくて比較が難しいのですが、ペレさんがペルー戦、ウルグアイ戦で使っていたスパイクは、アディダスの固定式にプーマのラインをつけたものではないかと思っています。
さて、さらに不思議な決勝戦のスパイク

ライン以外は、まったくプーマのスパイクには見えない気がします。
ソールは、



全体的に黒くて、かかと4本(計8本)スタッドの独特なモデルでした。
しかし、80年代から、この時のスパイクだったとされるのはプーマ社にあるこちら。


ソールは白で、6本スタッドなので、どこからどう見ても70年大会決勝のモデルとは異なります。
サインは2005年ごろ書かれたようです。練習で履いていたとかならまだわかりますが、


プーマの重鎮がこんなことを言っているので、疑う人は私以外だれもいないでしょう。
スパイクおたくとしては、ペレさんが履いた本当のモデルはなんだったのか?
決勝以外はグアダラハラのハリスコスタジアムで全試合、固定式モデルでプレーされたペレさんでしたが、決勝のアステカ競技場では取替え式を選択されました。
決勝も(アディダスの)固定式でプレーされたリベリーノさんは何度か滑っていたようです。
この取替え式モデルの可能性が高いかもと思うのは、


70年大会の南米予選で履いていた黒いモデルはソールが似ている気がします。
大事な決勝の舞台では、滑りにくくこれまで履きなれたモデルを使ったのではないかと推測します。
不思議なことに、この年(69年)までブラジル代表選手はみなさん黒いスパイクを履いていました。

W杯66年大会ですらすでに、ブラジル以外の代表選手はほぼ全員、3本線やプーマラインなどが入ったモデルを使っていました。
この黒いスパイクのメーカーについては不明ですが、おそらく長らくアディダスもプーマも入り込むことがなかったブラジルで、国内選手御用達の由緒正しいメーカー製のモデルだったのでしょうか?
70年大会は上記のように各選手アディダスやプーマのスパイクを使うようになったわけですが、控え選手まで入った画像では、

前列左端の選手のスパイクはシュータンも長く、決勝のペレ選手のモデルに似ている気がします。
左から3番目の選手のプーマの固定式はやはり12本スタッドですね。

というわけで、ペレ選手は70年W杯で白いプーマラインの入ったスパイクを履いていましたが、たぶん、プーマ純正のモデルではなく、他のモデルを改造したものだったというのが私の持論です。
鑑定団に登場したモデルはペレさんがこだわったヒール4本スタッドに改造された非常に珍しく、実使用の確証が高いものでした。しかし、ディエゴ様もそうですが、ペレさん実使用スパイクについても眉唾モノがたくさんあるようです。
余裕があれば、これまで世に出てきたペレさん実使用品についても書きたいと思います。