Made in Japan
こちらに続いて、取替え式なのに「PARA MEXICO」と表示があるモデルです。
こちらで紹介した80年代後半から多くのスター選手が使った取替え式ソールですが、なんといってもこの方の印象が強いです。
ルコックのスパイクを長く愛用されていましたが、グランパス入団直後はプーマのスパイクで、このタイプの取替え式を使われていました。
たぶん、この有名なプレーの時もこのモデルだったと思います。
本日(2021年6月11日)は母国代表チーム監督として、日本代表戦にご登場とのことです。
ぜひまた革靴ゴールまでとはいかなくとも、華麗なボールさばき見たさに、監督の前にボールが多く転がることを期待しています。
セルビアチームのユニフォームはプーマなんですね。
「DS」入りは監督のみの特注かと思いきや…、
皆さんイニシャル入りでした。
さて、ストイコビッチ選手ご用達のこの変わったパラメヒコですが、よく探してみると同時期のJリーガーも愛用していたことがわかりました。
個人的に昔から好きな「狂気の左サイドバック」都並選手(1994年)
1995年。
ちょっとやばそうなタックル…
あー、やっぱり…。
これ以前も
1993年ドーハでの福田選手
ノーマルの固定式パラメヒコもお使いでした(となりの選手も)。
今見ても本当に悔しい光景です。
(ここでこのスパイクに関しての追記)
Jリーグ発足当時にこのソールのスパイクを使う選手は意外とおられたようで、フリマサイトで発見したこちら
つま先にどなたかのサインがあるようです。
はじめはだれのサインかわかりませんが、調べてみるとこの選手のようです。
当時は(今もか?)珍しい国立大学ご出身(神戸大学)のプロサッカー選手で、同期にはガンバに入団されたこちらの方もおられました。
私はちょうどJリーグが開幕した年に神戸大学で働き始めたので、その当時はすごく驚き、個人的にとても注目していました。
そんな貴重な実使用モデルでしたが、フリマで見つけた時はすでに落札済みで手に入れることができませんでした。
残念なことにその後すぐにサインが消されて他のオークションに出品されていました。
さて、
パラメヒコは「メキシコW杯に行こう」ということで1985年10月の日韓戦でデビューしましたが、それから8年経ったこの時期の代表選手も依然パラメヒコユーザーが多く、できればアメリカW杯でパラメヒコの日本選手の雄姿を見たかったですねえ。
当時はサッカー人気も最高潮で、こんな色鉛筆や下敷きが販売されました。
この写真はサッカーダイジェスト6月13日号の付録のポスターと同じもので、おそらく93年4月のアメリカW杯1次予選の日本ラウンドだと思います。
今さらメンバーもスパイクもあらためて確認するつもりはなかったのですが、でかいポスターでスパイクをながめてみました。
カズ選手はもちろん定番スフィーダ
この時はまだかかとに日の丸はなかったかな?
ラモス選手はこちらですね。
高木選手はこの時期からアンブロを使い始めたようです。前年のアジアカップぐらいまではミズノでした。
堀池選手はこちらで、ディアドラは現代表監督森保選手と北澤選手だったかな。
井原選手、松永選手は今でも生産されているこちらのモデルで、柱谷(弟)選手はこちらだと思います。
審判はレセルバの初期モデルを履いています。
吉田選手、福田選手、都並選手がパラメヒコですね。
と思っていたのですが!
吉田選手
福田選手と都並選手
あれ?3選手ともかかとに白い部分がない…。パラメヒコじゃない…。
なんとなく、これに似ている気もするけど白シュータンのデザインが違うし。
正直、今でもなんというモデルなのかよくわかりません。
もしかして「GO USA」モデル?
ただ、一次予選の数か月後の最終予選、あのドーハでは上記のように、福田選手もパラメヒコでしたし、
吉田選手もパラメヒコでした。
ただ、一見同じように見えるパラメヒコのようなスパイクですが、
吉田選手(15番)と三浦(兄)選手(21番)は同じようなスパイクに見えます。
吉田選手のスパイクは上記のように、かかとに白い部分がありますが、
三浦(兄)選手のスパイクのかかとには白い部分がありません。
なぜ他の選手は一次予選の「GO USA」モデルを最終予選で使わなかったのだろう?
90年代のプーマもナゾが多いですね。
さて、三浦泰年選手は現役時代、かなり凝ったプーマスパイクをお使いだったのではと思っています。
ここからは個人的に誕生日が同じで、以前から使用スパイクに興味があった三浦泰年選手特集です。
ちなみに柱谷(弟)選手は一つ年上の同じ誕生日で、マリオ・ケンペス選手も誕生日は同じです(1954年生まれ)。
泰年選手は他の選手が一次予選で使っていた不明モデルをドーハでも履いていたようで、その後のJリーグでもそれらしきモデルをお使いだったようです。
レセルバ初期モデルに白シュータンをつけた特別タイプだったのでしょうか?
清水はプーマスパイク愛用選手がたくさんおられ、外国人選手は当時の「KING」がお好みだったようですが、日本人選手の使用モデルはだいたいパラメヒコだと思っていました。
泰年選手と同じ、清水ご出身の同学年の名選手お二人
お二人ともかかとに白い部分があるスパイクです。パラメヒコでしょう、きっと。
しかし、泰年選手のは
かかとに白い部分もないし、つま先もパラメヒコというより、こちらに似ているような…。
ソールもこちらに採用されている新しいタイプのようです。
その後も、あまり市販されていなかったようなモデルを愛用されていました。
チームメートはパラメヒコですが、泰年選手はやはりちょっと違うスパイクです。
画像のクオリティーも上がり、ソールもパラメヒコではないのがよくわかります。つま先に金属補強がされるようになったようです。
このモデルはヴェルディに移籍されてもお使いだったようです。
レセルバっぽいんですが、よく見るとそうではないような…。わからない。
福岡に移籍されると
ジュビロ西選手はノーマルの0142(0255かも)のようですが、泰年選手は見慣れないシュータンのモデル。
チームメートにもノーマルの0142っぽい選手がおられますが、泰年選手の固定式スパイクのシュータンは特別っぽいです。ソールはパラメヒコと同じかな?
ようやくノーマルの0142を履いている画像を見つけたと思ったら、よく見たら取替え式です。
今回の主題を忘れそうですが、最後は今回のパラメヒコのソールパターンだけど、シュータンがこれっぽい取替え式を履いている泰年選手です。
弟カズ選手も特別モデルがたくさんありますが、実は数多くの「ヤス」特別モデルがあったと思われます。
個人的に人と同じことが好きではない方ですが、生まれた日が同じ泰年選手ももしかしたら人と同じスパイクが気に入らない選手だったのかもしれません。
(2021年6月11日)
追記
こちらの貴重な動画を拝見しました。80年代前半の高校生では飛びぬけてうまかっただろうなあ。
あらたにこちらの動画を見たら、今の後輩は全員(一軍かな?)できるみたいですね。すごいなあ。
(2021年8月25日)