KING GEAR Archive VOL31 (2019/01/29)

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英雄たちが愛した歴史的スパイクVOL.31『86年W杯のプーマレアスパイク編』

86年W杯ではアディダス、プーマとも当時の新作スパイクをデビューさせましたが、種類ではアディダスがプーマを圧倒していました。アディダスについてはVol. 26でご紹介しましたので、今回はこの大会でのプーマの珍しいモデルについてです。


巻頭写真は86年W杯決勝T1回戦、アルゼンチン対ウルグアイです。 ユニフォームはどちらもルコック製で、プーマスパイク使用選手がとても多い隣国対決でした。 神にタックルしているヴェナンシオ・ラモス選手が、なぜかマラドーナモデル(マラドーナスーパー)を履いてプレーしていたことはこちらに書きました。 

この大会に合わせて、メキシコの太陽をイメージした黄色い部分が目立つプーマスパイクのニューモデルが日本でもいくつか発売されました。 

しかし、実際にW杯で使用されたモデルはメキシコフィナーレだけだったと思います。 主に南米チームの選手がご愛用で、当時、彗星のごとく現れたブラジルDFのジョジマール選手が、このスパイクを履いて見事なゴールを決めたのが印象的でした。 また、ブラジルのジュニオール選手や、ウルグアイのバリオス選手も履いていました(図1)。  

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図1 ジョジマール選手(左)、バリオス選手(中)。右はプーマレアモデル愛用選手のマッチアップで、ジョジマール選手が得点した北アイルランド戦で、メキシコフィナーレを履くジュニオール選手と(前回紹介した)ステップスターを履くクラーク選手です。  

欧州諸国のチームでも、部分的に黄色のプーマモデルを履く選手はいましたが、メキシコフィナーレとはソールが異なるモデルだったようで、日本では見たことがありませんでした。 

Thumb efbc93 図2 シュータン部分が黄色のスパイクを履くスコットランド・ニコル選手(左)。
ソールはメキシコフィナーレと異なり、6本スタッドのタイプで、イングランドGKシルトン選手もプーマロゴ部分を黒くしていますが、左と同じようなモデルです(中)。
右上は神の手の瞬間ですが、個人的にはスパイクのソールにばかり目が行ってしまいます。神もシルトン選手も同じソールパターンでした(右下)。   

さて、メキシコフィナーレですが、正直、デビューした当時はまったく興味がなく、学生が買える値段ではありませんでした。  

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図3 メキシコフィナーレは当時のフラッグシップモデルで、カタログの表紙にも載っていました。 日本でも販売されましたが、日本リーグ等で履いている選手を見かけた記憶はなく、かなりマイナーだったと思います。 モデル番号は、当時固定式に用いられた300番台の375でした(取替え式は400番台で、最初の1は西ドイツ製を意味するようです)。

Thumb efbc95図4 オリジナルのメキシコフィナーレは12本スタッドですが取替え式でした。アディダスFXシリーズに対抗すべく、ねじ式ではなく簡便にスタッドが交換できる方式が採用されました(左)。その復刻版が2011年頃に登場しましたが、こちらは固定式です(右)。   

2005年に発刊された「football days」のマラドーナ特集号に、メキシコフィナーレが載っており(図5左)、右上のような解説が書かれていました。 

この現物はドイツのプーマ社にあるようで、ホームページの動画にもマラドーナモデルとサイン入りパネルとともに写っています(右下)。

Thumb efbc96図5 右下の方は、プーマ好きなら知らない人はいないミスタープーマのフィッシャーさんです。最近、プーマ新社屋が完成し、膨大なプーマシューズアーカイブが整理されたようです。ぜひ伺ってみたいです。   

図5の解説の真偽は?ですが、メキシコ大会決勝で神が使ったスパイクは最初から最後までこちらでご紹介したモデルだったと思います(図6)。

Thumb efbc97図6 86年W杯決勝の試合前(左)と終了時(右)。途中でメキシコフィナーレを履いたのか…。多分、履いていないと思います。   

試合中にスパイクを交換する選手はたまにいますが、神もそのような時の写真があります(図7)。右は81年のゼロックススーパーサッカーの時です。

撮影者は写真家・富越正秀さんで、富越さんのツイッターインスタグラムの写真は非常に興味深く、素晴らしいクオリティーで、いつも拝見して勉強しています。

Thumb efbc98図7 右の大会で神は、発売開始当初のご自身のシグネチャーモデルも使っていましたが、試合の途中でベルトマイスターらしきスパイクから履き換えていた試合もあったようです。 左もおそらく80年代前半だと思います。  

さて、オリジナルのメキシコフィナーレは、発売していた当時も見た記憶がなく、新しいシステムのスタッド取替え方法も、実際にどんなものかは知りませんでした。 最近、中古ですが手に入れた現物が図8です。 試しにスタッドを外してみましたが、普通のネジ式スタッド用工具で簡単に取れました。

しかし、もう一度取り付けるのはものすごく苦労しました。コツがわからないためかもしれませんが、片足12個も交換するのはかなり大変そうです。 アディダスのFXシステム(こちら)の方がずっと楽だと思います。 サッカーがプロではなかった80年代の日本では、当然ホペイロもおらず、メキシコフィナーレは到底受け入れられないモデルだったようです。   

Thumb efbc99図8 オリジナルのメキシコフィナーレ。西ドイツ製の英語表記が小文字入りなので、80年代後期の製品と思います。側面のロゴにはMEXICOの文字はなく、「FINALE」のみです。   

主要国際大会でメキシコフィナーレが使われたのは86年W杯だけだと思いますが、前述のシルトン選手は89年にこのモデルを履いていました(図9左)。   

最後にご紹介するのはブルチャガ選手です(右)。86年大会当時のニューモデルではないと思いますが、ある意味レアなモデルを履いていました。 黒シュータンに白1色ソールのシンプルなプーマスパイク(モデル名等不明)ですが、80年代半ばで同じモデルを履いた他の選手を見たことがありませんでした。   

Thumb efbc91efbc90図9 左はイタリアW杯予選ポーランド戦のシルトン選手。下の右3枚はブルチャガ選手(右上)のスパイク拡大図。ソールに文字が書かれており、名前のような気がします。
準決勝ベルギー戦メノッティスターだったようです
  

前述の富越さんの写真はサッカー雑誌には載っていない貴重なアングルのものが多々あり、スパイクが鮮明に写っている物も多く、新たな発見もできます。 以前、シーザーメノッティの10本スタッドソールは見つけるのが難しいと書きましたが(こちら)、ジーコ選手が大活躍した81年のトヨタカップで何人もの選手が使っていました。 また、冒頭写真のウルグアイ・ラモス選手は82年のトヨタカップで来日しており、その時のスパイクはマラドーナモデルではありませんでした。

Thumb 11図10 81年トヨタカップで対戦したリバプールGKグロベラー選手(左)とフラメンゴ・レアンドロ選手(中)。両選手のスパイクは10本スタッドでした。 右は82年トヨタカップでプレーするペニャロールのラモス選手。

Thumb 12図11 同じく富越さんの写真から、神のスパイクについても個人的に新たな事実がいくつもわかりました。右上は79年ワールドユースのウルグアイ戦で、それ以外は81年来日時のものです。細かすぎるので事実についての詳細は割愛しますが、ボールの「PEACOCK」が懐かしいです。   

そろそろ86年大会以前のことは語りつくした気がしますので、次回からはそれ以降のことを書きたいと思っています。   

(文中で引用元を記載した以外の当時の画像はサッカーマガジン、ダイジェスト、イレブン、ゲッティイメージズなどから引用)

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『神に愛された西独製サッカースパイク』
80年代に数々の伝説を生んだサッカー界のスーパースターを足元から考察した論考。    


追記

その後入手したメキシコフィナーレと同じスタッドシステムのモデルがこちらです。

86年W杯以降、メキシコフィナーレを履いていたのはシルトン選手ぐらいしか知らなかったのですが、こちらの選手も使っておられました。

リバプールのStaunton選手(アイルランド)です。1989年ごろ。

また、86年W杯で、個人的に現在最もナゾなモデルはフランチェスコリ選手が履いていたモデル 。

アッパーはこちらのモデルに似ていますが、ソールは、

デュオフレックスソール です。   

ただ、あらためて見直すと、このモデルの白バージョンだったのか? 

プーマでは珍しいフランス製ですが、フランチェスコリ選手は86年からフランスでプレーされていますから、もしかしたら特注モデルがあったかもしれませんね。
南米ではディエゴ様、ジーコ選手に並ぶ大会前の注目選手でした。