534 PUMA CRECER (K. Toda model)

Made in Japan

以前ご紹介したクレセールの戸田選手特注モデルです。

スフィーダパラメヒコと同等のプロ選手モデルだったクレセールですが、ノーマルのモデルもほとんど見たことがありません。

01420255ほどではありませんが、一時期それなりの数のJリーガーが使っていたようですが、なぜでしょうか?

さて、このモデルは以前のブログでも書きましたが、メルカリに出品されていました。しかし、見つけたときはすでに売却済みでした。
その後なぜかebayで売り出され、海外からやってきました。
手に取って見ることはあきらめていたので、今回ご紹介できるのは幸甚です。

戸田選手はエスパルスでプロデビューされたころはアディダスのスパイクを履いていたようですが、その後、プーマにされ、この特注モデルは2000年ごろのものだと思います。

ノーマルは固定式ですが、メキシコライト様の取替え式ソールで、かかとのスタッドが1本多い、9本スタッドです。また、シュータンもパラメヒコ(メキシコライト)様に変更され、つま先のステッチも多くなっています。

2001年に行われたコンフェデーレーション杯でもこれに似たモデルでプレーされました。

翌年の日韓W杯でも、

富越先生が撮影された画像です)ソールは同じタイプですが、アッパーはチェザーレというモデルのようです(固定式も履いておられました)。

W杯の翌年に移籍されたのが、

最近、高井選手の移籍先として話題となったトッテナム(トットナム)でした。この時もW杯と同じスパイクを使っておられました。

トッテナムと聞くと、アルディレスさんを思い出す古い世代ですが、そういえば戸田選手在籍時にエスパルスの監督もされていましたね。

アルディレスさんのスパイクといえば、

個人的には82年W杯で使っておられたルコックのイメージが強いです。トッテナムではユニフォームのメーカーに合わせていたみたいですね。ホドル選手についても以前こちらでご紹介したことがあります。

トッテナムに移籍された78年はアディスーパーソールのWORLD CUPがデビューしたころだったので、


アルディレス選手も最新モデルを選択されたようですが、つま先部分の革は、ヒモ通し部分、もしくは隣の選手のつま先の光沢と比べると明らかに違う素材のようです。

やはりあのバックスキン仕様のWORLD CUPは存在していたんですね。
Adidas Boots 1972-83 | Beyond The Last Man実物は未だに見たことがありませんが、どこかの博物館に展示していませんかね? 

(2025年6月28日)