
Made in Japan
マリノスレジェンドのコラムの後なので、Jリーグ開幕当初、日本製「WORLD CUP」として製造されたモデルのご紹介です。
80年代前半には3マテリアルソールのデビューと同時に、「WORLD CHAMPION」、「WM-TOP STAR」「WORLD CUP 82」が日本でも大々的に発売されました。
その後(たぶん84年以降)、日本では取替え式のトップモデルはそれほど売れなかったのか、海外ではトップ選手御用達の「WORLD CUP」は国内販売がなかったようです。
90年代に入り、マイナーチェンジはありましたが、今も生産されている現行版「WORLD CUP」は、一時期、日本でもアディダスジャパンができた98年ごろにカタログに掲載されましたが、その後、現在まで正式に国内販売はされていないようです。
ただ、WORLD CUP未発売期間でも、トップ選手なら国内でもWORLD CUPを入手して使っていただろうと思っていました。

記念すべきJリーグ開幕戦や、ドーハの悲劇の時も松永選手はWORLD CUPを履いていたと思っていました。しかし、いつもお世話になっている90年代のスパイクに大変お詳しい方のコメントで「EURO PRO」であることを初めて知りました。知識不足で申し訳ありません。
以前も少しご紹介しましたが、WORLD CUPとの違いは、

シュータンのマークです。
裏側のadidasの表示の向きが逆ですが、当時の画像でわかるのはマークの形状の違いだけだと思います(EURO PROは縦長)。
それを判断材料として観察してみると、

松永選手のみならず、木村選手、ディアス選手もEURO PROを履いていたようです。
驚いたことに、水沼選手は(93年当時から)10年以上前の黒地に白マークの「WORLD CUP 82」をまだ愛用されていたようです。

同じように見えてまったく違うスパイクだったんですねえ。
ただ、木村選手も少し前の試合では、

結構年季の入った西ドイツ時代のWORLD CUPを使っていたようですが、ご覧のようなピッチ状態で使用したために壊れてしまったのか、その後EURO PROにされたのかもしれません。
ディアス選手はこの試合は8本スタッドのモデル(おそらくモデルJ)を履いていましたが、

その後はEURO PROユーザーでした。
ディアス選手はEURO PROの固定式版モデルともいえるCOPA SLX(と思われる)も愛用していました。

モデルJ、コパSLXはカンガルー革のシリーズ最高峰モデルで、牛革モデルのJII、コパSPXは以前紹介したことがございます。

同時期の製品なので、COPA SPXのシュータンマークはEURO PROと同じ感じです。
ディアス選手と似たスパイクチョイスをしていたのが三浦選手で、


EURO PRO、コパSLX愛用選手でした。
風間選手のリーボックもこのころ人気でした。
マリノスの他の選手でEURO PROを使っていたのは、

日産、マリノス一筋だった永山選手。
井原選手もJリーグでは違うアディダスのモデルを履いていましたが、代表チームでは、

EURO PROだったようです。富越先生の92年のアルゼンチン戦の画像です。10番はディエゴ様ではなくDario Franco選手ですが、スパイクはプーマの当時のKINGですね。
マリノスに愛用者が多かったイメージのEURO PROですが、他チームのユーザーは、

俊足で有名だったジェフの佐々木選手。
アディダスユーザーが多かったガンバでは、

御影高校ご出身で現役時代は関西チーム一筋(松下→ガンバ→ヴィッセル)の和田選手はEURO PROでしたが、

同時期(95年ごろ)にガンバの助っ人で活躍されたアレイニコフ選手は、マークから判断するとWORLD CUPを履いていたようです。
EURO PROを履いていた松永選手も、現役終盤の2000年ごろだと、

WORLD CUPを使っていたようです。このころだとマークの「adidas」の向きもはっきりわかりますね。
90年代のスパイクの無知さ加減を露呈してしまったモデルでしたが、木村和司選手も使った名品であることをあらためて認識したしだいです。
(2025年4月29日)