
Size 27 cm Made in Japan
先日アップしたボンバーのコラム(Vol. 70)は、私が書いたキングギアのアーカイブでは最後のアシックスのスパイクについての内容です。
ようやくアーカイブの再掲載もあと少しになってきましたが、アシックスのスパイクもずいぶん集めてしまい、欲しいものはもうあまりないかなと思っていました。
そんな時にこのモデルがメルカリに出品されており、このモデルならストーリーが書けそうだと思い、つい衝動買いしてしまいました。
80年代後半のアシックススパイクについては、種類がかなり増え、ネーミングもカタカナでまったく覚えられなくなりました。

87年までのモデルは、まだ現役大学生プレーヤーだったので、少しは記憶がありますが、一番印象があるのは、こちらのモデル、

友人が試合用にこれを履いていました。今見ても渋いモデルです。
今回のモデルはこのシリーズの取替え式最高峰モデルでした。

アッパーのデザインはこちらのモデルに似ています。
使っていた選手は…、
なかなか思い当たらなかったのですが、意外なところに超アップ画像がありました。

「高校サッカーユースの星」65回高校選手権特集号の1ページ。
優勝した東海第一VS徳島商業戦の画像です。
徳島商業はFWの吉井選手のようです(間違っていたらすいません)。
東海第一の選手のスパイクは今回のモデルでした。
足しか映っていないのですが、
2年生ながら、この大会の得点王の平澤選手の特集に載っていた、当時の東海第一イレブンの画像からすると、このモデルを使用していたのは内藤選手だったようです。
内藤選手、澤登選手、主将の大嶽選手は後にJリーガーとして活躍されました。
決勝の相手の国見高校にも、

GKの林選手はこのモデルを履いていました。
当時の高校トップレベルのプレーヤーが使っていたわけですから、それなりに名品と言ってもいいモデルだと思います。
優勝の立役者のサントス選手も確かアシックスのスパイクを履いていましたが、

固定式でしたね。後ろの杉山淳一選手はあの杉山隆一さんのご子息で、その息子さんもサッカー選手とのことです。あー、時が経ちましたねえ…。
杉山選手のスパイクはこのころデビューしたパラメヒコで、両チームともパラメヒコユーザーがかなり多かったと記憶しております。
サントス選手のモデルは、
当時、西ドイツから帰国された奥寺選手のシグネチャーモデルでした。
(2025年4月18日)