
Size UK 5 Made in Japan
前回のコラムはマニアックなプーマのT字シュータンのモデルについてでしたが、ちょうどよいタイミングですので、日本製T字シュータンモデルのジャスパーのご紹介です。
86年W杯のころに発売された日本製で、モデル自体も珍しいと思いますが、あの杉山隆一さんの実使用だそうです。
もちろんそのころの杉山さんはヤマハの監督時代ですが、おそらく毎年恒例で行われていた静岡の招待イベントで使用されたと思われます。
68年メキシコ五輪銅メダル獲得選手のOBチーム「互和会」は、静岡県のジュニア(中学生)チームや静岡出身OB選抜と親善試合を行っていました。
83年の杉山さんは、

前回のコラム中のご自身監修の技術書でも使っていたT字シュータンモデルのようです。宮本さんはインジェクターFS(新素材ソフリナアッパー)だったようです。宮本さんの監督時代のスパイクについてはこちらでも少し触れています。
85年は、

まだパラメヒコのデビュー前なので、この白シュータンのスパイクは西ドイツ製モデルか、国産のスーパーカルガあたりでしょうか?
この催しでジャスパーを使ったとしたら86年だと思われますが、その年は(サッカーマガジンに)静岡招待の記事がなく、実際にご使用になられた画像は見当たりませんでした。おそらくメキシコW杯の前だったため、ページを削られてしまったのかしれません。
ジャスパーといえば、この方がパラメヒコなみによいスパイクだったとおっしゃっていたことがあります。

引用元はこちらです。確か、どこかで、ジャスパーのかかとの日の丸マークのこともおっしゃっていたと思います。
こちらのことですね。

実はシュータンにも日の丸がありました。

実戦で使用されたのは、以前こちらでもご紹介した86年インターハイ決勝、

ど派手な国見高校のヤスダが目立ちますが、
中京高校の赤ジャスパーも負けていませんでした。何気にどちらのチームにもノーマルのジャスパーの選手もいたようです。
寿命の短い国産モデルでしたが、この年は高校年代の優秀な選手がこぞってジャスパーを使っていたようです。きっと藤枝東高時代の中山選手も履いていたのだと思います。
さて、このジャスパーはおそらく杉山さんが使用された時のグランドの土がまだスタッドについています。ソールは経年劣化でヒビも多いので、普通なら汚れを落としてシューグーで補修するんですが、どうするべきか悩んでおります。
(2024年10月22日)