81. adidas VALLS

Size 26.5cm Made in Japan

英雄たちが愛した歴史的スパイクVOL.26 「86年W杯の多様なアディダススパイク編」

94年頃に発売されたモデルです。

この頃はアメリカW杯でデビューしたプレデターがアディダス広告の大部分を占めており、このモデルは極めてマイナーな扱いで、サッカー用品店の広告に小さく載っているだけです。

当時は存在すら知らないモデルでしたが、実際に手にするとシンプルさが良いですね。

ソールもまだ大丈夫そうで、履いてみたくなるモデルです。

個人的には西ドイツ製のこちらによく似た(多分、多少意識した)デザインだと思っています。

また、名品「ワールドカップウィナー」に似たモデルもこの頃に発売されました。

Jリーグ開幕当初にこれらのモデルを履く選手はいなかったようですが、西ドイツ時代を知る一般ベテランプレーヤー向けに、日本製アディダスが魅力的な製品を作っていたんですね。

(追記)

最近眺めていた94年のサッカーマガジンにて、時期的にこのモデルらしきスパイク使用選手を発見しました。あくまで推測です。

さらに追記

富越さんのJリーグ開幕時の写真がアップされていました。

当時のガンバ大阪は私より一つ年上の名選手が多いチームでした。

とても日本人とは思えないイケメンのストライカー(永島選手)とゴールキーパー(本並選手)。お二人とも現在も様々話題を提供してくれています。

いぶし銀MFの和田選手も御影高校時代からスターでした。

この学年で代表で一番活躍されたのは柱谷(弟)選手だったでしょうか。

我々の学年の名選手は清水東3羽烏を筆頭に、様々な方がおられましたが、何といってもW杯のメンバーにただ一人選ばれた方がおられます。

GKの小島さんです。

一つ下だとカズ選手や福田選手がおられますが、W杯に出場した最年長は井原選手、中山選手の代になるようです。

世代的に、本当にドーハの悲劇がなければなあと今も悔やまれます。

あ、話が飛びましたが、永島選手のスパイクのマークはこのモデルに似ていました。