
英雄たちが愛した歴史的スパイクVOL.60 「追悼・ゲルト・ミュラー選手編」
旧西ドイツの往年の名FWとして活躍されたゲルト・ミュラー選手が先月逝去されました(2021年9月当時)。
今回は、長きにわたりW杯通算得点記録保持者だったミュラー選手がW杯得点王を獲得されたころのスパイクを中心にご紹介いたします。
我々世代で「ボンバー」と言えば中澤選手ではなく、「爆撃機」の異名をとったゲルト・ミュラー選手でした。
西ドイツ代表として3位になった70年メキシコW杯では10得点で得点王を獲得し、74年の母国で行われたW杯でも4得点し、優勝に貢献されました。
28歳で代表から引退され、W杯にはこの2大会しか出場されていませんが、通算14得点(13試合出場)は私がサッカーを始めたころの40年近く前でも突出した記録でした。
多くの追悼記事にミュラー選手の得点に関する数々のすさまじい記録が紹介されていますが、そのころのスパイクにフォーカスしたものは少ないと思います。
巻頭写真は72年ごろのバイエルン・ミュンヘンの試合だそうです。
バイエルンでの背番号は「9」だったと思いますが、スパイクのソールにはミュラー選手の象徴的な代表での背番号「13」が記されています。
おそらくクラブでも代表でも使っていたミュラー選手のアディダスのスパイクですが、これについては後ほど触れるとして、まず、得点王を獲った70年大会の画像が図1です。
図1 準々決勝西ドイツ対イングランド。スーパースター(ベッケンバウアー選手、チャールトン選手、ミュラー選手)3人ともアディダスのスパイクです。右はミュラー選手のスパイク
70年当時のアディダスのサッカースパイクの市販モデル数はそれほど多くなく、おそらくW杯出場選手が使うようなモデルは図2の「2000」か「COSMOS」だったと思います。
私は80年代のスパイクについては多少詳しいですが、70年W杯はまだ5歳程度でしたので、リアルタイムで当時の映像や画像を見ていたはずがありません。また、80年代のモデルはいくつか集めましたが、70年代当時のプロ選手用モデルについては見つかるはずがないと思い、収集の対象外でした。
しかし、昨年、こちらでご紹介した「先生」から70年代の多数の貴重なモデルやカタログ(図2)をお譲りいただき、今回もその中からご紹介します。
おどろくことに「先生」はカタログに載っていないモデルもお持ちでした(図4)。70年W杯出場選手特別モデルかもしれませんが、シュータンマーク裏のデザインが新しいので、復刻版の可能性もあります。
図5 固定式の「TORNADO」。ちなみにプーマにも同じ名前のモデル(アッパーが赤色)があります。70年W杯の時、ペレ選手がこのモデルを練習用に履いていたそうです。
カタログ中には「フランツベッケンバウエル」という比較的安価なモデルもありますが、おそらくこれが選手の名前のついた一番古い「シグネチャーモデル」ではないかと思われます。
70年W杯で多くの選手が愛用したアディダスのモデルは、ソールがいくつかの金属の留め具で固定されていました。
しかし、70年W杯後のミュラー選手のスパイクのソールは金属の留め具がなく(巻頭画像、図6)、かかとの白い部分も大きくなっている気がします。
74年W杯はアディダスの地元、西ドイツで開催されるので、W杯モデルの「WORLD CUP74」が開催前年の73年ごろに発売されました。 このころのモデルは名前が同じでも微妙に違っている点が多々あったようです(図7)。
74年西ドイツW杯ではWORLD CUP74の他、WMトップスターやワールド・チャンピョンも使用されたことをこちらで紹介しました。
また、2015年にオープンしたドイツサッカー博物館には74年大会のミュラー選手の実使用スパイクが展示されています(図8)。おそらくWORLD CUP74だと思いますが、図9のモデルとは異なる部分があるようです。
アディダスのミュラー選手シグネチャーモデルはご自身が代表から引退された後の、76年ごろからたくさん登場しました。
知っているだけでも
「ゲルト・ミュラー」
「ゲルト・ミュラーゴール」
「ゲルト・ミュラーハットトリック」
「ゲルト・ミュラーWM」
「ゲルト・ミュラーブルースター」 などなど。
また、他の選手モデルと大きく違うのは、シグネチャーモデルの復刻版やスニーカーがあり、アディダスの中でもとても重要なサッカー選手だった証だと思います。
ミュラー選手のW杯通算得点記録は06年ドイツ大会にブラジルのロナウド選手に塗り替えられましたが、その後06年大会の得点王クローゼ選手が14年ブラジル大会でさらに記録を更新しました。
クローゼ選手の06年大会の実使用スパイクもドイツサッカー博物館に展示されていますが、取替え式なので「WORLD CUP」と思っていたら、表示は「COPA MUNDIAL」(ふつうは固定式しかない)でした(図11)。 ある意味珍品だと思います。
我々世代で「得点王」として思い浮かぶのは日本では「釜本さん」ですが、世界ではやはり「ゲルト・ミュラー」選手ではないかと思います。
図12のように「ゴールデンブーツ」が本当によく似合う選手でした。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
(画像はサッカーダイジェスト、サッカーマガジン、イレブン、ゲッティ・イメージズ様などより転載させていただきました)
