
英雄たちが愛した歴史的スパイクVOL.9『80年代前半のイタリア代表編』
2大会連続でイタリアがW杯出場を逃してしまったなんて信じられない時代になったものです。日本人がそれを残念に思える、多少上から見てしまっていることが、これまた信じられません。
ただ、EUROは前回優勝ですし、今回も楽しみですね(R.バッジョさんの災難は気になりますが…)。
この記事を書いた当時、まったく情報がなかったロッシ選手モデル「LANCER」はその後入手できました。
イタリアのスパイクメーカーはまだまだ多々ありますが、個人的に一番の珍品だと思っているのは、名将・アンチェロッティさんがローマ時代に使っていたこちらのメーカーです。
そういえば、EURO2024のレフェリーが来ているメーカーもイタリア製らしいですね。初めて知りました。
イタリア代表ではありませんが、最後に紹介しているボニエク選手モデル(これもイタリア製)も今はございます。
80年代前半まで、ワールドカップ出場選手の使用スパイクは、アディダスとプーマの2大勢力がほぼ独占しており、82年W杯の4強のうち、西ドイツ、フランス、ポーランドの選手は全員アディダスユーザーだったと思います。しかし、優勝したイタリアの選手達のスパイクはかなりバラエティー豊かでした。今回は、残念ながらロシア大会には出場しないイタリアのレジェンド達のスパイクについてです。
(スパイクブログ始めました。https://maradonaboots.com/)
以前も申しましたが、私が初めてW杯を見たのは82年スペイン大会でした。参加国は78年大会(16ヵ国)よりも増えたとはいえ、24ヵ国の狭き枠でした。
W杯上位国の常連であるイタリアとオランダが今回のロシア大会に出場しないのは残念ですが、82年大会にはオランダは出場していませんでした。
しかし、その大会の優勝国であるイタリアの予選落ちは初めて見ただけに、未だに信じられません。
さて、82年大会でアルゼンチン、ブラジル、西ドイツなどを破って優勝したイタリアチームの選手のスパイクは結構ユニークでした。
決勝戦メンバーの5人がアディダスを、1人がプーマを履いていますが(巻頭写真)、その他の選手は当時私が初めて見たメーカーのスパイクを使用していました。
まず、その大会最年長でもあり、キャプテンだったGKゾフ選手のスパイクはロットで、80年代後半からオランダのフリット選手などが使い始めてメジャーになりましたが、この当時は珍しかったと思います(図1左)。
78年大会や、クラブチームではポニーをお使いだったロッシ選手は82年大会では違うスパイクを履いていました。大会得点王のスパイクですが、どういうメーカーか未だに存じ上げません。
大会ベストイレブンのコンティ選手はプーマのシグネチャーモデルがありましたが、違うメーカー(パントフォラドーロ?)をお使いだったようです(図2左)。
当時、未成年には到底見えないベルゴミ選手は「SUPERGA」というメーカーのスパイクでした(図2中央)。
決勝は負傷欠場したアントニョーニ選手はディアドラです(図2右)。90年代にバッジョ選手やファンバステン選手が使用したのは有名ですが、82年大会では稀でした。
センターバックのお一人、コロバティ選手(図3左)と、スーパーサブの点取り屋アルトベリ選手(図3右)は「formsport」というメーカーのスパイクでした。
しかし、アルトベリ選手のスパイクは、何となくソールが違うメーカーのような気がします(18番の選手)。
先程触れたベルゴミ選手のスパイクのソールもどこかで見たような・・・。ベルゴミ選手は90年大会で使用していたロットも怪しい感じのスパイクでした。
このような「フェイクスパイク」は日本代表だけではなく、各国有名選手が様々な事情で工夫して使っていたようです。機会があれば今後も触れたいと思います。
珍しいとはいえ、さすがにこれらのメーカーのスパイクを集めようとは私は思いませんが、オークション等で出品されていることはあります(図4)。
ロッシ選手が履いていたモデルに似たスパイクはシュータンに「LANCER」と記されているようですが、メーカー名なのか、モデル名かは不明です(図4左上)。
82年大会で、アディダス、プーマ以外のメーカーのスパイクを使っていた選手はイタリアチーム以外にも多少おられました(こちらも機会があればご紹介します)。
しかし、78年大会ですと、2大メーカーの占有率はもっと高かったはずですが、その大会でもイタリア代表選手はディアドラやポニーなどを既にお使いだったようです(図5上)。さすがおしゃれですね。
さて、今はそれほど言われませんが、当時のイタリア代表はカテナチオが有名でした。それを支えた鉄壁の守備陣の中心は、78、82、86年の3大会で活躍された名DFのカブリーニ選手とシレア選手です。
カブリーニ選手は78年がプーマ(図5上の寝ている選手)、82年はアディダス(図5下左)、86年はディアドラ(図5下中央)と、様々なメーカーを使っていましたが、シレア選手は一貫してプーマだったと思います(82年大会ベスト4チーム中、唯一人のプーマ使用者かも?)。
シレア選手は、この回が掲載される週の5月25日(1953年)生まれだそうです。本来ならば現在もレジェンドとしてイタリアサッカー界で何らかの活躍をされていたはずですが、残念ながら交通事故で、36歳の若さで他界されました。当時、とてもショックだった覚えがあります。
スパイク話題ではありませんが、図5の78年大会の写真にも口髭の選手がいますが、私の場合、イタリアの口髭DFで真っ先に思い浮かぶのは82年大会でエースキラーだったジェンティーレ選手です。
アルゼンチン、ブラジルの10番に仕事をさせず、ベスト4進出、そして優勝の立役者でした。
82年大会では新人口髭DFだったベルゴミ選手がブラジル戦に途中交代でW杯初出場しました。そして準決勝ポーランド戦、決勝西ドイツ戦は先発出場します。
ジェンティーレ選手は、準決勝は警告累積で出場できず、決勝ではひげを剃って出場しました(巻頭写真6番の選手)。単に気分転換だったのか、隣のベルゴミ選手(3番)とかぶりたくなかったのかは不明です。
最後に、イタリア代表ではないですが、イタリア・セリエAで活躍していたポーランド代表ボニエク選手は、W杯では他の選手同様アディダスを履いていましたが、所属チーム(ユベントス、ローマ)では変わったメーカーのスパイクを使っていました(図7)。
余談ですが、昔、世界史の偉人の名前を覚えるのは苦手でしたが、ズビグニェフ・ボニエクやグジェゴシ・ラトなどポーランドの名選手のフルネームを覚えるのは苦になりませんでした。
日本と同組のポーランドにはロシア大会の得点王候補がおられます。さらに前大会は得点王獲得に貢献してしまった日本はコロンビアとも再戦します。
前回得点王のウルグアイ戦のゴールは印象的でしたが、ご本人は日本戦の得点がお気に入りだったそうです。
今回はぜひリベンジしてほしいものです。 さて、優勝国予想もですが、得点王予想は結構難しいと思います。
次回は得点王に送られる黄金スパイクについて書きたいと思います。
(写真は当時のサッカーマガジン、イレブン及びゲッティイメージズより引用)
