Site icon マラドーナのスパイク

536 adidas RABAT CUP

Made in Japan

前回に続き、日本製デサントアディダスモデルのご紹介になります。

シュータンの一部が赤いのが特徴です。
この8本スタッドの取替え式ソールのデザインは他のモデルもあったと思いますが、古くはこちらのようなラグビー用スパイクのものだったと思われます(ebayの画像です)。

おそらく80年代には登場していたソールデザインのようです。

基本的に昭和・平成初期の珍しいモデルは好きですが、私が実際に手にしてみたいと思うかは、やはりプロ選手が履いていたかどうかが大きな要因です。

ただ、このモデルを履いたJリーガーはなかなか見たことがなかったのですが、こちらの選手が使っていたことがわかり、つい入手してしまいました。

ガンバ時代(98年)の戸倉選手です。このモデルは95年ぐらいに発売されたようですが、戸倉選手がガンバに在籍された1年だけ、このモデルを履いていたようです。

もともと戸倉選手はプロデビューされたヴェルディでは、

一貫してコパムンディアルユーザーだったようです。

播戸選手も98年にデサントアディダスを履いていましたが、ちょうどアディダスジャパンが設立されたころで、戸倉選手も同じ年はデサントアディダスのモデルに変更されたのかもしれません。

その後、サンガに移籍された当初は、

もう一度コパムンにされたようですが、アッパーは黒塗りでした。

その後、

メーカーもプーマに変更されました。この画像のスパイクはメキシコライトですね。
対峙する現・日本サッカー協会会長の宮本選手はプレデターユーザーで有名ですが、もともとコパムンを履いていた戸倉選手のような方は、当時の最新モデルは避けたのでしょうか?

ちなみに宮本選手もデビュー後数年は、

ワールドカップを履いていたり(98年)、

コパムンだったりと、クラシカル(当時はそうでもないですが…)なモデルを愛用されていました。
この画像は、サッカー協会会長と現・Jリーグチェアマンの対決ですね。

戸倉選手に戻りますが、サンガではパラメヒコを履いている時ももちろんありました。

ジュビロの奥選手のスパイクはこちらでも少し触れましたが、カズ選手も使っていなかった、パラメヒコデュエ風のソールの特注スフィーダだと思います。

2000年ぐらいまでのJリーグは、ユニークな日本製のアディダス、プーマのスパイクが使用されていて、個人的には見ていて楽しい時代です。

このモデルのヒールは、

一時期、デサントアディダスもドイツ製モデルと同様、「adidas」の文字のみになったのですが、先祖返りのようにトレフォイル+adidasが採用されました。

個人的には、やはりヒールのマークはこれが一番好きなタイプです。

(2025年7月12日)

Exit mobile version